人生のポートフォリオという考え方があります。
仕事・家族・健康・学び・遊びという5つの領域を投資先に見立てて、時間とエネルギーの配分を設計する発想です。
こう聞くと、「何事もバランスよく」という優等生の話に思えるかもしれません。ですが、この記事で書くのは、むしろ逆のことです。
ポートフォリオ設計の本質は、5つを均等に揃えることではなく、「どの偏りなら自分で引き受けられるか」を決めることにあります。
私は20代~30代前半、プロボクサーとして、情熱のほぼ全額を1つの銘柄に注ぎ込んでいました。そして引退──いわば上場廃止の日に、持ち株がまとめて紙くずになる経験をしています。
この記事では、その全損の反省を起点に、5領域の配分を設計する3つの原則をお伝えします。
Gallupの調査が示す「5領域すべてで充実している人は7%」という数字の読み方と、崩れた配分に気づくための5つの兆しも、あわせて整理します。
私はボクシングという1銘柄に、全部を賭けていた
まず、一点集中の末路から。
20代~30代前半の私の生活は、ボクシングを軸に回っていました。夜明けのロードワーク、ジム、減量、試合。付き合う人間はジムの仲間で、学ぶことは技術の研究ばかり。
生活費のためのアルバイトこそしていたものの、心の帳簿で見れば、ほぼ全額をひとつの銘柄に突っ込んでいた。遊びらしい遊びの記憶は、ほとんどありません。
誤解のないように言うと、そのこと自体を後悔してはいません。あれだけ寄せたから届いた場所があり、あの濃度の日々を知っていることは、いまも私の財産です。
問題は、引退の日に起きたことです。
銘柄が上場廃止になった瞬間、そこに紐づいていた価値が、まとめて値を失いました。あれは、応えました。
「元プロボクサー」という肩書きは残っても、それで明日からの暮らしは設計できません。肩書きと一緒に自分の輪郭まで見失っていったこの時期のことは、別の記事で詳しく書いています。
この経験から私が学んだのは、「集中するな」ではありません。集中には集中でしか届かない場所が、確かにあるからです。
学んだのは、全損しても人生が続く設計を先に済ませてから、集中しろということでした。
あの頃の失敗は、賭けたことではなく、上場廃止の日のことを一度も考えていなかったことにあります。
5領域すべてで充実している人は、100人中7人
「全部をバランスよく充実させましょう」という掛け声が、どれくらい現実離れしているか。それを示すデータがあります。
調査会社Gallupは、150を超える国と地域で、幸福(ウェルビーイング)に関する大規模調査を行いました。そして、人生の充実を左右する要素を「仕事・人間関係・お金・体・地域とのつながり」という5つの領域に整理しています。
注目すべきは、充実度の分布です。少なくとも1つの領域で生き生きしている人は66%いる一方、5つすべてで生き生きしている人はわずか7%でした。
参考:Rath, T. & Harter, J. “The Five Essential Elements of Well-Being” Gallup(2010年)/https://www.gallup.com/workplace/237020/five-essential-elements.aspx
どれか1つなら、3人に2人が満たせている。ところが全部となると、14人に1人しかいない。
この数字を、私はこう読んでいます。
あなたの人生がどこかに偏っていること自体は、異常でも失敗でもなく、ほぼ全員がそうである。だから目指すべきは「全領域で満点」という例外中の例外ではなく、偏りを自分の意図で選び直すことだ──と。
なお、この記事では5領域を「仕事・家族・健康・学び・遊び」で数えます。Gallupの分類と少し軸が違うのは、「お金」を領域から外しているためです。
お金は人生の投資先そのものではなく、各領域のあいだを流れる手段だと私は考えています。
収入源そのものをどう分散させるかという設計は、別の記事が専門で担当しています。
また、5領域ではなく「仕事と生活」という2つの皿で悩んでいる方もいるはずです。残業で家庭の時間が削られる、休日も仕事が頭から離れない。
そういう場合は、ワークライフバランスが取れない構造的な原因を掘り下げたこちらの記事のほうが、いまの悩みに直接届きます。
原則①|健康は「銘柄」ではなく「元本」である
ここから、配分を設計する3つの原則です。
最初の原則は、5領域の中の1つを特別扱いすることから始まります。
仕事・家族・学び・遊びの4つは、投資先として並べて構いません。しかし健康だけは性質が違う。
健康は投資先の1つではなく、他の4つを買うための元本そのものです。
元本を取り崩せば、一時的にはどの銘柄でもたくさん買えます。睡眠を削れば仕事は進むし、体のメンテナンスを後回しにすれば時間は浮く。
ただしそれは利益ではなく、元本の食い潰しです。
しかも厄介なことに、健康は「売ったときのレート」と「買い戻すときのレート」がまるで違います。徹夜で手に入れた数時間を、崩した体調で返済するときには、何倍もの時間を取られる。
この非対称は、年齢が上がるほどきつくなります。
私の結論は単純です。
どんなにお金や時間があっても、健康でなければ何ひとつ楽しめない。だから食事・睡眠・運動という基本だけは、景気のいい局面でも悪い局面でも、配分の議論そのものから外します。
私が配分の外に置いてきたのは、朝のランニングです。毎朝4時から6時のあいだ、土砂降りでもない限り、息が上がらない心地よいペースで走る。鍛錬というより、元本の点検に近い感覚です。
不思議なもので、走った日は仕事の集中も、家族への機嫌も、夜の一杯のおいしさも、少しずつ調子がいい。
元本に利息がつくとは、こういうことなのだと思います。
原則②|均等配分は目指さない──偏りは「局面」で選ぶ
2つ目の原則は、冒頭の結論の中身です。
20%ずつ5等分した円グラフは、一見美しいですが、現実には機能しません。人生には局面があり、局面ごとに正しい偏りは違うからです。
私にも、意図して大きく偏らせた時期があります。事業の立ち上げ期です。
あの頃は1秒刻みで時間を捻出して、配分を仕事へ思い切り寄せました。全振りと言っても過言ではなかった。遊びはほぼゼロ、学びも事業に直結するものだけ。あの偏りなしに、いまの土台はできていません。
では、ボクシング時代と何が違ったのか。
賭け方ではなく、賭ける前の手続きです。
集中投資をやってよいのは、次の2つの条件を満たしたときだけだと、私は考えるようになりました。
条件1:期限を切る
「いつまで偏らせるか」を、始める前に決めます。1年なら1年、3年なら3年。期限のない集中は、投資ではなくただの惰性です。
ボクシング時代の私に欠けていたのは、これでした。「いつか結果が出るまで」という無期限の賭けは、降りる基準を持たないまま資金だけが減っていく賭け方です。
条件2:共同保有者に告げる
人生のポートフォリオは、自分一人の口座ではありません。家族がいる人にとって、家族との時間は共同保有の資産です。
配分を仕事へ寄せるということは、その持ち分を一時的に売るということ。
黙って売ってはいけません。
「この1年は仕事に寄せる。その代わり、この期限で必ず戻す」と先に告げて、同意を取る。
順番を間違えないでほしいのですが、これは家族のためである以前に、自分の集中のためです。後ろめたさを抱えたままの集中投資は、利回りが目に見えて落ちます。
私が偏りの局面でも一線として守ってきたのは、「家族を犠牲にしない」ことでした。自分だけが幸せでない働き方の先に、家族の幸せだけが残ることはないからです。
なお、この「期限を切って偏らせる」考え方を、副業と本業という具体的な局面に絞って運用手順にしたのが、下記リンクの記事です。崩れたときの立て直し方まで含めて、いままさに副業の立ち上げ期にいる方の実務を担当しています。
原則③|リバランスは数字ではなく「兆し」で行う
3つ目の原則は、崩れた配分の戻し方です。
ポートフォリオの話をすると、「四半期ごとに配分表を見直しましょう」という管理術に行き着きがちです。
しかし私はこれをやりません。続かないからです。
円グラフは書いた日がいちばん美しく、翌週にはもう現実とズレています。
数字の代わりに私が見ているのは、領域ごとの「兆し」です。配分が痩せてきた領域は、数字より先に、暮らしの手触りに出ます。
【配分が痩せてきた5つの兆し】
- 仕事──忙しかったはずなのに、今週何をしたか思い出せない(充実ではなく惰性で回っている)
- 家族──会話が業務連絡だけになっている(「ゴミ出した?」以外の言葉を交わしていない)
- 健康──目覚ましなしでは起きられない日が続いている(元本の取り崩しが始まっている)
- 学び──去年の自分と同じ話しかしていない(仕入れが止まっている)
- 遊び──カレンダーに「楽しみな予定」がひとつもない(生活から前借りできる活力が消えている)
どれかの兆しに気づいたら、その領域を「買い増し」ます。ただし、最小単位で。ここが肝心です。
家族の兆しが出たなら、旅行の計画ではなく、今夜の夕食を一緒に取る。健康なら、ジムの入会ではなく、15分の散歩。学びなら、資格講座ではなく、本を1冊。
リバランスを一気にやろうとすると、その計画自体が新しい負担になって、反動で元の偏りに戻ります。
相場と同じで、配分の修正は少しずつやるのが、結局いちばん速い。
そして、買い増した時間を実際の生活のどこに置くか。
この落とし込みには、「理想の1日」を時間割として描くワークがそのまま使えます。5領域の配分は、突き詰めれば1日24時間の配分だからです。
「遊び」はいつも最初に売られる──けれど浪費枠ではない
5領域のうち、配分が苦しくなったときに真っ先に売られる銘柄は、決まって遊びです。利回りがすぐには見えないからです。
ですが、私はこの銘柄を「配当が遅れて届く優良株」だと考えています。遊びが運んでくるのは、活力と、発想の仕入れと、「何のために働いているのか」という問いへの答えそのものです。
遊びをゼロにした配分表は、目的地の欄が空白の航路図と変わりません。
私にとっての豊かさの点検項目は、資産のグラフではありません。
好きな本を読んでいるか。気の向くままに旅をしているか。好きな仲間と飲んでいるか。
この3つが暮らしに残っているなら、他の数字が多少へこんでいても、私のポートフォリオは黒字です。
ちなみに「遊びに時間を割いているのに、なぜか虚しい」という場合は、配分量ではなく遊びの中身の問題かもしれません。
消費だけで完結する趣味の虚しさと、そこから抜け出す道筋は、別の記事で掘り下げています。
まとめ|完璧な五角形より、自分で選んだ偏りを
要点をまとめます。
【人生のポートフォリオ・3つの原則】
- 健康は「元本」として配分の外に置く──食事・睡眠・運動だけは、どの局面でも削る対象にしない。
- 偏りは「局面」で選ぶ──集中投資は、期限を切り、共同保有者である家族に告げてから。
- リバランスは「兆し」で、最小単位で──配分表の管理ではなく、暮らしの手触りの変化で気づき、小さく買い増す。
5領域すべてで生き生きしている人は、100人中7人。つまり、この数字は「あなたもそこを目指せ」という号令ではありません。
「全員どこか偏っているのだから、せめて偏りは自分で選べ」という励ましとして読むほうが、実際の人生の役に立ちます。
完璧な五角形を描く必要はありません。いびつでいい。
ただし、そのいびつさが、誰かに削られた結果ではなく、自分で引き受けた形であること。それが、ポートフォリオを「設計した」ということです。
なお、ここで扱ったのは5領域という「横の配分」です。人生100年時代に、学び直しや転身をどの時期に組み込むかという「縦の時間軸」の設計は、マルチステージを提唱したライフシフトの考え方が参考になります。
1銘柄に賭けて全損した私が、引退後の模索を経て、収入・時間・場所の自由をどう設計し直したのか。その紆余曲折は、著書(Amazon kindle ランキング 5冠を達成した電子書籍)『あ、常識とかいいんで、とりあえず自由ください。』に綴っています。ひとつの配分の見本帳として、下記より無料でお読みいただけます。
また、仕事一色でも均等割りでもない、それぞれの配分で暮らしを組み立てている人たちの実例は、インタビューまとめで読めます。他人の配分表をそのまま真似ることはできませんが、「こんな偏り方も成立するのか」という選択肢の広さを知るには、恰好の資料です。


コメント
この記事へのコメントはありません。