フジロックとキャンピングカー──祭りの翌日から始まる、裏方の夏の記録

祭りのあとに帰ってくるキャンピングカーのイメージ
ページに広告が含まれる場合があります

今年もフジロックが終わりました。

私は苗場に行っていません。それでもいま、私の仕事場には、フジロックの余韻が次々と帰ってきています──キャンピングカーの姿をして。

フジロックとキャンピングカーは、じつは切っても切れない関係にあります。

山のふもとで数日間を過ごすあの祭りにとって、「走る宿」であるキャンピングカーは、テントと並ぶもうひとつの拠点。

そして私は、そのキャンピングカーたちを裏で支度する側の人間です。

今回は、ノウハウでも哲学でもなく、ただの記録です。年に一度の大きな祭りを、会場ではなくバックヤードから眺めている人間の、夏の記録。

私の仕事は、旅する家の「楽屋係」

私の事業のひとつに、キャンピングカー専門のレンタカー会社の下請け業務があります。

貸し出される車には、一台ごとにコンセプトが設けられています。そのコンセプトに沿って内装をつくり込み、使い込まれた内部に手を入れて整え、外装を磨き上げて、次の旅人を迎えられる状態に仕上げる。それが私の受け持ちです。

下請けですから、お客様と直接顔を合わせることはありません。私が向き合うのは、いつも車だけです。

劇場にたとえるなら、ステージに立つのは車で、私は楽屋係です。衣装を整え、髪を直し、送り出す。喝采は舞台の上のものであって、楽屋には届きません。

それでいい仕事です。いや、むしろ、それがいい仕事なのです。職人気質な面をもつ私の率直な思い。

一年でいちばん忙しい日は、フジロックの前日にやってくる

この仕事をしていると、カレンダーを見なくても夏が分かります。

毎年、フジロックの開催日が、一年でいちばん予約の入る繁忙期。貸し出しのピークは開催前日、返却のピークは終了翌日です。つまり私の手元では、フジロックの開催前日に車たちが一斉に旅立ち、祭りが終わった翌日、一斉に帰ってくる。

送り出しの日の風景は、なかなか壮観です。磨き上げられたキャンピングカーが、次々と引き渡されていく。請負元の従業員さんたちは、炎天下を走り回って対応に追われています。

聞くところによると、今年は天気に恵まれたようですが、それでもこの時期の気温は、例年、体にこたえる水準です。舞台裏は、いつだって汗だくなのです。

そして祭りのあいだ、私の手元は少しだけ静かになります。車たちはみんな、苗場にいるからです。

自分の磨いた車が、いまごろ山のふもとに並んで、誰かの数日間の家になっている。音楽が終わった深夜、誰かがあの寝台で眠っている。そう想像しながら過ごす数日間は、この仕事のささやかな余禄だと思っています。

祭りのあと──帰ってきた車は、夏の顔をしている

フジロックが終わった翌日、車たちは一斉に帰ってきます。ここからが、私の本番です。

帰ってきた車は、送り出したときとは別の顔をしています。ボディには山道の砂埃。フロントには、高速道路を何百キロも走ってきた証の虫の跡。数日間、人が寝起きした車内には、夏の気配がまだ残っている。

それを一台ずつ、元の顔に戻していきます。内装を整え、寝具まわりに手を入れ、外装を磨き上げる。返却は一気に来ますから、しばらくは手を動かし続ける日々です。

正直、体は楽ではありません。それでも、砂埃の下からもとの艶が現れてくる瞬間は、何度やっても悪くないものです。

磨きながら、ときどき考えます。この車は、どんな数日間を過ごしてきたのだろう。どのステージの、どの曲の余韻を乗せて帰ってきたのだろう。

答え合わせをする相手はいません。下請けの仕事とは、そういうものです。ただ、車の汚れ方には、旅の痕跡がちゃんと残っています。それを読みながら手を動かす時間が、私は嫌いではありません。

「きれいに使う人たち」への、静かな敬意

この仕事を続けていると、車の返り方から、借りた人の顔がうっすら見えてきます。

普段のキャンピングカーレンタルは、近年、海外からのお客様が多くなりました。日本の道を、家ごと旅する。素晴らしい楽しみ方だと思います。一方、フジロックの時期だけは、日本人のお客様が大半を占めます。

そして、これは現場の実感として書くのですが──日本人のお客様の車の使い方は、総じて、とても丁寧です。数日間フェスで使い込まれたはずの車が、きちんと片づけられて帰ってくる。おかげで、返却後のメンテナンスもそこまで大変ではありません。

借り物を、借りたときの状態で返そうとする。誰に見られているわけでもないのに、そうする。当たり前のようでいて、これは文化です。泥だらけの祭りから帰ってきた車の中が整えられているのを見るたび、顔も知らないその人たちに、私は静かな敬意を覚えます。

楽屋係は、観客の拍手を聞くことはできません。その代わり、こういう形で人の品性に触れることができる。表からは決して見えない、この仕事だけの特等席だと思っています。

磨く側の祭り──裏方という生き方について

キャンピングカーのレンタル需要は、年々広がり続けています。フジロックの時期がいちばんの繁忙期であることは変わりませんが、いまや一年を通して、車たちは休みなく旅に出ていく。

それだけ、「家ごと移動する自由」を求める人が増えているということです。決まった場所に縛られず、行きたい場所へ、寝床ごと動いていく。キャンピングカーという乗り物は、自由という抽象的な言葉が、車輪のついた形になったものなのかもしれません。

ちなみに私は、ミニマリスト寄りの「持たない暮らし」を好む人間なのに、こんなに大きな持ち物を磨いて暮らしています。この矛盾については、以前べつの記事で白状しました。

私自身は、ステージに立つ生き方を一度やめた人間です。表に立って人を率いるより、静かな場所で手を動かし、仕組みと道具を磨いて誰かを送り出す側にいるほうが、自分の性に合っている。ネットの仕事も、キャンピングカーの仕事も、根っこは同じです。誰かの自由の、支度をする仕事

フジロックのステージには、何万人分の歓声が上がったはずです。その歓声の何十キロも手前に、車を磨いていた人間がひとりいたことは、誰も知りません。それでいいのです。祭りというものは、会場の外側まで含めて祭りなのですから。

返却された車たちの列を眺めながら、私の夏はここから始まります。一台ずつ元の顔に戻して、次の旅へ送り出す。そうやって手を動かしているうちに、季節はゆっくり進んで、また来年の夏が来る。

来年もきっと、車たちは苗場へ行きます。私は行きません。でも、私の手がかかった主役の相棒たちは行くのです。


表舞台を降りて、自分の手と道具で静かに生きる働き方へ──その転換の顛末は、著書(Amazon kindle ランキング 5冠を達成した電子書籍)『あ、常識とかいいんで、とりあえず自由ください。』に綴っています。下記より無料でお読みいただけます。

また、当サイトのインタビューでは、自分の「現場」を持って生きる人たちの実例を紹介しています。華やかな表側ではなく、手を動かす側から人生を組み立てた人の話は、この記事の続きとしてきっと面白いはずです。

リライフ特集

この記事は役に立ちましたか?
もし参考になりましたら、下のボタンで教えてください。

Studio Rough Style(SRS)代表。 当サイト管理人&編集長。 1976年生まれ、熊本県出身、東京都在住。 元プロボクサーで、選手引退後に、派遣・アルバイトなど30社以上の現場を渡り歩くフリーター生活を経験後、セカンドキャリとしてネット起業の世界へ。 詳細は下記にて。 [clink url="https://studio-rough-style.net/self-introduction/"]

コメント

この記事へのコメントはありません。

コメントを残す


関連記事

目次