「学歴がないと成功できない」──多くの人が、そう信じています。
先に、私が2021年にX(旧Twitter)に書いた言葉を、そのまま置いておきます。
高学歴は高年収を得るための手段の1つ。その高年収は幸せになるための手段の1つ。だったら学歴にこだわらずとも、他の方法でも金を稼げりゃそれでいいし、幸せになれりゃそれでいい。
でしょ?違う?
洗脳されすぎな人多いよ。もっと本質を考えて柔軟にいきましょうよ。
— リライフLab編集長 (@natsuotokoT) September 20, 2021
乱暴に聞こえるかもしれませんが、これは投げやりな開き直りではありません。プロボクサーを引退したあと、30社以上の現場を渡り歩き、ネット起業で自分の居場所を作った人間としての、実感のこもった結論です。
人生を分けるのは、能力でも学歴でもなく「配置」──自分がどこに立つか、という選択です。この記事では、その理由を順に解きほぐしていきます。

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学歴は「手段の1つ」に過ぎない──私がそう断言できる理由
誤解のないように言っておくと、私は「学歴コンプレックスの側」からこれを書いているのではありません。
中学時代、私は成績上位の側にいました。全国一斉テストで学年8位、期末テストで学年1位を取ったこともあります。いわゆる「勉強のレール」の上を、それなりに走れていた人間です。大学にも進みました。
ではその学歴が、私の人生を決めたか。まったく決めていません。
私の人生を実際に動かしてきたのは、大学時代に辰吉丈一郎さんの姿に衝撃を受けてボクシングジムの門を叩いたこと。
引退後、30社以上の職場を転々としながら「このままでは終われない」と誓ったこと。
そして、学歴を一度も問われないネットビジネスの世界に立ったこと。
どれも、成績表や卒業証書とは何の関係もない場所で起きています。
学歴は、高年収への「手段の1つ」としては確かに機能します。でも手段の1つでしかない以上、別のルートはいくらでもある。これが、両方の世界を見てきた私の結論です。
「学歴がないと成功できない」は本当か
日本はいまだに「学歴社会」と言われます。
実際、大卒と高卒では初任給に月額約10万円の差があり、生涯賃金で見ると数千万円の開きが生まれるというデータもあります。大企業の採用では、いわゆる「学歴フィルター」が機能しているのも事実でしょう。
けれど、この「事実」をもって「学歴がなければ成功できない」と結論づけるのは、あまりにも視野が狭い。
ソニー創業者の盛田昭夫は、1966年に『学歴無用論』を著し、こう語りました。
「その人の評価は学歴ではなく、その後の本人の努力と実績によって決められるべきだ。」
参考:PRESIDENT Online/https://president.jp/articles/-/49333
実際にソニーは1991年に「学歴不問採用」を実施し、それ以降も実力主義の採用を続けています。盛田が求めたのは学歴ではなく、「自分の特徴がある人間」でした。
つまり、学歴は「スタート地点の有利・不利」を多少は左右するかもしれません。けれど、そこから先の人生を決めるのは、学歴ではないのです。
低学歴が敬遠される「本当の理由」
とはいえ、学歴がないと企業から敬遠されるのは事実です。
では、なぜ敬遠されるのか。「学力が低いから」でしょうか。
答えは、ノーです。低学歴が敬遠される本当の理由は、「型を入れるプロセス」を経ていない可能性が高いと判断されるからです。
参考:アゴラ 言論プラットフォーム/https://agora-web.jp/archives/260129230633.html
「守・破・離」の「守」を飛ばしてしまう問題
物事の習得には「守・破・離」という順序があります。
- 守:提示された型を愚直になぞり、基本を身につける。
- 破:基本を踏まえたうえで、他の手法も取り入れ応用する。
- 離:既存の型を超え、独自のスタイルを確立する。
学習がうまく循環しない人に共通するのは、この「守」のプロセスを飛ばし、いきなり我流で突破しようとすることです。
これはボクシングで嫌というほど見てきた光景です。基本のジャブやフットワークの反復を「退屈だ」と飛ばして、いきなり派手なコンビネーションを打ちたがる人間は、例外なく伸びません。地味な型の反復に耐えた人間だけが、リングの上で自分のスタイルを持てる。
ビジネスも同じで、うまくいっている人のやり方をまず忠実に真似て、型を自分のものにしてから崩す。この順序を無視すると、失敗しても「どこがズレたのか」を検証できず、修正が積み上がりません。
「自分には才能がない」という思い込みは、心理学では「固定マインドセット」と呼ばれる信念体系の典型です。この信念がいかに行動を止めるか、キャロル・ドゥエックの研究が解き明かしています。
企業が学歴を見るのは、「この人は型を入れるプロセスを完遂できる人間か」を判断するひとつの指標にしているからです。型が入っていない人物を後から教育できるかどうかは賭けになる。だから企業はリスクを減らすために、学歴というフィルターを使うのです。
学力とは「忍耐力の可視化」
もうひとつの理由は、学力が「忍耐力の代替指標」として機能していることにあります。
退屈で、必ずしも面白くない課題に一定期間向き合い、結果を出す──この能力は、仕事の世界でもそのまま求められます。学歴があるということは、少なくともその「忍耐のプロセス」を一度は完遂した証拠として機能しているわけです。
ここまで読むと、「やっぱり学歴がないと不利なんじゃないか」と感じるかもしれません。
けれど、話はここからです。
「組織で評価される力」と「人生で成功する力」は別物
低学歴が敬遠される理由は、確かに理にかなっています。
しかし、ここで見落とされがちな事実がひとつあります。「組織への適合性」と「稼ぐ力」は、まったくの別物であるということです。
私はプロボクサー引退後のフリーター時代、30社を超える企業に在籍しました。そこで見たのは、学歴とはまるで関係のない世界でした。
上からの評価ばかり気にするイエスマンだらけの急成長企業で、アルバイトの人権など存在しないかのように扱われたこと。「悪い!忘れてた!アハハ」のひと言で、翌月の希望シフトを全部カットされたこと。客足が途切れると仕事を放棄して寝てしまう店長の、ストレス発散の的にされたこと。──社会の常識や仕組みを知れば知るほど、私は絶対に自由な人生を築き上げようと誓ったものです。
一方で、同じフリーター時代に忘れられない光景もあります。深夜の飲食店で一緒に働いていた仲間たちです。私以外にもプロボクサーがいて、総合格闘家、役者、お笑い芸人、映画監督志望、ミュージシャン、医学部の学生──全員が、学歴の物差しの外で自分の勝負をしている人間たちでした。あの空間に、学歴の話題など一度も出たことがありません。あったのは「お前は何で勝負するのか」だけです。
世の中には、どうしても他人の作った型に自分をはめ込めない人がいます。ルールに馴染めない、非効率が耐えられない、群れて行動することが苦手──こうした特性は、組織の中では「扱いにくい」と評価されがちです。もれなく私もそのタイプ。
【組織に向いていない人に見られる傾向】
- 古いしきたりや非効率な業務にストレスを感じる。
- 形式的な会議や報告に意味を見出せない。
- 理不尽な指示に従うことに強い抵抗がある。
- 自分のペースで仕事を進めたい。
- 仕事以外の付き合い(飲み会、社内政治)が苦手。
これだけ見ると、「社会不適合者」のレッテルを貼られそうです。私自身、若いうちからそのレッテルを貼られていたように思います。
けれど、この特性は裏を返せば、「個として尖る可能性」を秘めています。型にはまれない人間が輝くフロンティアは、組織の外側──つまり、独立や起業の世界にあります。
学歴に関係なく、人生を変えた人たち
実際に、学歴なしで自分の道を切り拓いた起業家は少なくありません。
【学歴に関係なく成功した起業家の例】
- 熊谷正寿氏(GMOグループ創業者):高校2年で中退。28歳で起業し、設立10年未満で上場。
- 前澤友作氏(ZOZOTOWN創業者):高卒。音楽活動を経てカタログ通販を始め、日本最大級のファッションECを構築。
- 亀山敬司氏(DMMグループ会長):高卒。さまざまな事業を経験し、多角的なグループ企業を築く。
- 家入一真氏(CAMPFIRE代表):不登校・引きこもりを経て22歳で起業。29歳で上場。
彼らに共通するのは、高い学歴ではありません。「自分の力が最も発揮できる場所」を、自分で見つけたことです。
統計データでも、日本の社長の学歴分布は大卒が多数派ではあるものの、高卒が約37%、中卒が約7%を占めています。学歴がなくても経営者として成功している人は、決して「例外」ではないのです。
学歴なしで世界的企業を築いた最も象徴的な例は、小学校4年中退で丁稚奉公からスタートした松下幸之助でしょう。彼が生涯をかけて追い求めた「素直な心」──偏見にとらわれず物事をあるがままに見る力──は、学歴がないからこそ磨かれた武器でした。
問題は「能力」ではなく「配置」である
この記事の核心に触れます。
会社で評価されないのは、能力がないからではなく、ただ、自分の力が発揮できる場所にいないだけかもしれない。
私はこれを、こう考えています。会社というのは、それぞれミッションも、ルールも、職場環境も、給与体系も、評価基準も、全然違います。会社をひとつの閉じた世界と考えるなら、日本だけでも400万以上の世界があるわけです。仮にある特定の会社に適応できなかったとしても、それは400万あるうちの、たった1つの世界のルールが合わなかったというだけのこと。
しかも、サラリーマンの世界の外には、自営や起業という、別の論理で動くもうひとつの大きな世界がある。サラリーマンとしては落ちこぼれだったけれど、起業したらうまくいったというケースはいくらでもあります。
正直に言えば、私自身、起業の世界ではある程度うまくいきましたが、普通に就職してサラリーマンになっていたら、やる気のない、生産性の低い社員で終わっていたはずです。
たった1つの合わない世界にしがみついて、自信を失い、すり減っていく。それは能力の問題ではなく、配置の問題です。
中卒・高卒の農家や酪農家が、東京の大企業エリートの何倍も稼いでいるケースがあるのも同じ構造で、彼らは「需要があり、参入障壁があり、価格決定権を持てる場所」を見つけたからこそ、圧倒的な結果を出している。
自分の居場所を見つけるための3つの視点
では、どうすれば「自分の場所」を見つけられるのか。
【自分の居場所を見つける3つの視点】
- 頑張らなくても評価された経験を思い出す:無理せず力を発揮できた場面に、あなたの本来の強みが現れている。
- エネルギーを奪われる場面に注目する:何が嫌かを理解することで、自分にとって本当に大切なものが見えてくる。
- 時間を忘れて没頭できることを探す:自然とエネルギーが湧く活動の中に、才能と情熱のヒントがある。
自分が輝ける場所を見つけるには、「好きなこと」「没頭できること」の手がかりが有効です。好きなことを仕事にするメリット・デメリットと、副業で試すという選択肢について、別の記事で詳しくお伝えしています。
「学歴」ではなく「学習歴」が人生を分ける
ここで誤解してほしくないことがあります。
学歴が関係ないからといって、「勉強しなくていい」わけではありません。むしろ逆です。学歴がない人ほど、「学校の外での学び」が人生を左右します。
私が学生時代に受けた教育を振り返ると、みんな同じ制服を着て、同じ時間に同じ電車に乗り、同じ教育を受けて、がんじがらめの校則で同じ色に統一されていく──そして色に染まった生徒ほど褒められる仕組みでした。
就職すればイエスマンほど出世する。学校とは、良くも悪くも「忠実な労働者」を育てる場所です。だからこそ、そこで教わらないこと──税金の仕組み、契約のリテラシー、収入の構造、仕組みの設計──を自分で学んだ人間から、人生の選択肢が増えていきます。
以前の記事で、ドラマ『ドラゴン桜』の桜木建二の名言を取り上げました。桜木が言った「勉強しろ」の本質は、学歴を取れという意味ではありません。世の中の仕組みを知れ。知らないまま生きるな。──それが、あの言葉の真意だと私は解釈しました。
学歴がなくても成功している人は、例外なく「学校の外」で学び続けた人です。逆に、高学歴でも学びを止めた人は、いつの間にか時代に取り残されていく。重要なのは、どの学校を出たかではなく、今この瞬間、何を学んでいるかです。
その「学校の外での学び」の中心になるのが独学です。私自身、ネットビジネスに必要な知識はすべて独学で身につけました。学校も資格も、一度も要りませんでした。
独学がなぜ最強の学び方なのか、その理由をこちらで掘り下げています。
ただし、「起業すれば誰でもうまくいく」わけではない
ここで、ひとつだけ注意しておきたいことがあります。
「組織に向いていない=起業すればうまくいく」という単純な図式ではない、ということです。
起業には起業の「型」があります。
【起業で失敗しやすい人の傾向】
- 完璧を求めすぎて行動に移せない。
- 失敗を環境や他人のせいにする。
- こだわりを捨てられず柔軟性がない。
- 一度始めたら、学ぶことをやめてしまう。
組織に合わないからといって、すべてを投げ出して起業すればいいというわけではありません。会社を辞めれば一時的に収入は減るでしょうし、家族の反対や準備の苦労もあります。
大切なのは、自分に合った「場所」と「やり方」を、冷静に見極めることです。
副業から始めて、小さく試す。自分の適性を確認しながら、少しずつ自分の土俵を広げていく。その慎重さこそが、長く続けていくための力になります。
ただし、恐れて何も行動しないままでいると、「満足できる人生を送れないままタイムリミットで死ぬ」という、最悪のバッドエンドが待っています。ある意味それが、一番のリスクではないでしょうか。
自分の土俵を見つけた先にある景色
私自身、いわゆる「エリート」の道を歩んだ人間ではありません。
元プロボクサー。引退後は30社以上の現場を渡り歩くフリーターを経て、ネット起業しました。学歴でキャリアを築いたのではなく、自分の手で自分の居場所を作ってきた人間です。
その過程で確信したのは、人が輝けるかどうかは、持っている資格や学歴ではなく、「どこに立つか」で決まるということでした。
組織の中で苦しんでいるなら、それは能力の問題ではなく、配置の問題かもしれない。学歴がないことに引け目を感じているなら、それは社会が作った「常識」に縛られているだけかもしれない。「学歴がないから無理だ」という思い込みは、自分自身が作り出した幻想に過ぎません。
学歴がなくても、自分で稼ぐ道を知っていれば、人生の選択肢は広がります。
雇われる構造の限界と、収入の柱を複数持つ意味について、別の記事で解説しています。
大切なのは、「自分がどこで、どう生きるか」を、自分の頭で考え、自分の手で描くこと。
完璧な設計図など、必要ありません。まずはラフに描いてみる。試してみて、違ったら修正する。その繰り返しの中で、自分だけの居場所は少しずつ見えてくるものです。
その道のりを、私は著書(Amazon kindle ランキング 5冠を達成した電子書籍)『あ、常識とかいいんで、とりあえず自由ください。』に綴っています。
常識に縛られず、自分の土俵で生きると決めたあの日から、景色はゆっくりと、けれど確実に変わりました。
学歴があってもなくても、人生を変える力は、あなたの中にあります。
問題は、能力ではなく配置。
あなたが輝ける場所は、必ずあります。

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