「あなたの価値観は何ですか」と正面から聞かれて、すぐに言葉にできる人は多くありません。
価値観リストを眺めても、質問集に答えても、出てくるのは「成長」「誠実」「家族」といった、どこかで聞いたような言葉ばかり。それが本当に自分のものなのか、確信が持てない——そんな経験はないでしょうか。
この記事の答えを、最初に言い切ってしまいます。
価値観は、頭の中で「探し当てる」ものではありません。自分がすでに払ったコスト——何を選び、何を捨ててきたか——から「読み取る」ものです。
口では何とでも言えます。けれど、実際に何かを捨てるには痛みが伴う。だから、捨てたものの履歴には本音しか残らないのです。
私はかつてプロボクサーで、引退後は30社を超える職場を渡り歩いたフリーターを経て、ネットで起業しました。履歴書の職歴欄としては褒められたものではありません。
ただ、「自分の価値観を知る」という一点においては、30回以上「辞める」を選んできたこの履歴ほど雄弁な資料はありませんでした。
この記事では、その実体験と心理学の知見を重ねながら、価値観がなぜ見えにくいのかを整理したうえで、掘り出して言葉にするための5つのステップを具体的にお伝えします。
私の価値観は、30回の「辞めた理由」が教えてくれた
まず、私自身の話から始めます。
プロボクサーを引退したあとのフリーター時代、私は派遣やアルバイトで実に30社を超える職場を経験しました。倉庫、飲食、工場、接客——業種はバラバラです。世間の目から見れば、「一貫性のない職歴」の見本のようなものだったと思います。
ところが、あるとき「辞めた理由」を順に思い返してみて、ハッとしたことがあります。
理由が、ほとんど一つだったのです。
「悪い!忘れてた!アハハ」のひと言で、翌月の希望シフトを全部カットされた職場。勤務中の怪我を理由に、その日のうちに解雇を言い渡された職場。はるかに年下の社員から毎日理不尽な説教を浴び、その場で退職を告げた職場——。
個々の事情は違って見えて、私が耐えられずに去った場所はすべて、人が対等に扱われない場所でした。
思い当たる節は、職場の外にもありました。
立場が上だからと年上にタメ口をきく人も、年上だからと目上の立場の人にタメ口をきく人も、私はどちらも受けつけません。
この「どうしても無理」の根っこを掘っていくと、出てくるのは同じ一語です。
対等であること。人の尊厳が損なわれないこと。
私が多くの人と同じように雇われて生きられなかったのは、能力の問題である以前に、この価値観が人一倍強かったからでした。だから私には、個人で生き抜く力が必要だったのです。
ここから、この記事の土台になる考え方が導けます。
価値観は「何を選んだか」より、「何に耐えられなかったか」に正直に出る。
選ぶことは、勢いでも見栄でもできます。けれど、辞める・断る・離れるには、収入や人間関係というコストがかかる。コストを払ってでも避けたものの裏側には、守りたかった価値が必ず隠れています。
あなたにも、辞めた仕事、断った誘い、続かなかった習慣、離れた人間関係があるはずです。それは失敗の記録ではありません。
あなたの価値観の指紋です。
この記事の5つのステップで、その指紋を言葉に変えていきます。
そもそも「自分の価値観」とは何か
価値観とは、ひとことで言えば「自分が何かを選ぶときの、判断の根っこ」です。
どの仕事を選ぶか、誰と付き合うか、休日に何をするか——日々の無数の選択の奥で、静かに優先順位をつけている基準。それが価値観です。
社会心理学者のシャローム・シュワルツは、文化を越えて人間が共通して持つ価値を10種類に整理しました(自律、安全、達成、親切、伝統など)。
世界20カ国の調査から、価値観には一定の普遍的な構造があり、しかも「何を優先するか」の順位は人によって大きく異なることが示されています。
価値観の部品そのものは多くの人に共通していて、違うのは「並べ方」だ、ということです。
参考:Schwartz, S. H. (1992). “Universals in the Content and Structure of Values” Advances in Experimental Social Psychology/https://doi.org/10.1016/S0065-2601(08)60281-6
ここで一つ、大切な区別があります。
それは「価値観」と「目標」は違うということです。
「家を買う」「役職に就く」はゴールで、達成すれば終わります。一方で「丁寧に暮らす」「誠実に人と関わる」は、たどり着いて終わるものではなく、ずっと向かい続ける方向そのものです。後者が価値観です。
私自身の言い方をすれば、価値観とは「人生という地図の、北の方角」のようなものだと考えています。
目的地(ゴール)は人生の途中で何度も変わってかまわない。けれど、自分にとっての北がどこかを知っていれば、地図のどこにいても歩く向きを間違えません。
なお、「やりたいことがわからない」という悩みは、似ているようで別の問題です。価値観は「方角」、やりたいことは「乗り物」。方角が見えても乗り物がすぐ見つかるとは限りませんし、処方箋も異なります。やりたいこと探しで止まっている方は、こちらを先にどうぞ。
なぜ自分の価値観は「見えにくい」のか
価値観の見つけ方に入る前に、知っておきたいことがあります。
多くの人が自分の価値観を言葉にできないのは、能力の問題ではなく、価値観が「べき」と「世間の常識」に覆い隠されているからだ、という事実です。
心理学の自己決定理論(人が何にやる気を感じるかを説明する理論)では、行動の動機を大きく二つに分けます。「やらなければならない(べき)」という外側から来る動機と、「やりたい・心が動く」という内側から湧く動機です。
研究では、自分の内側から出た動機にもとづく選択ほど、満足度や心の健康につながりやすいとされています。
参考:Deci, E. L., & Ryan, R. M. (2000). “The ‘What’ and ‘Why’ of Goal Pursuits” Psychological Inquiry/https://doi.org/10.1207/S15327965PLI1104_01
問題は、大人になるほど「べき」の音量が上がることです。
いい学校に行くべき、安定した仕事に就くべき、結婚すべき——こうした声を浴び続けるうちに、自分の「したい」は、聞こえないくらい小さくなっていきます。価値観が存在しないのではなく、世間の音量に埋もれて聞こえないのです。
私が大学を出る頃、周囲では「卒業したら就職する」ことが、選択肢の一つではなく、疑う余地のない前提として扱われていました。誰かが強制したわけではありません。ただ、全員が同じ方向を向いている場では、「そもそも自分はどうしたいのか」という問いそのものが立ち上がらなくなる。
「べき」の怖さは、命令ではなく空気として作用するところにあります。
だから、価値観を見つける作業は、新しい何かを足すことではなく、借り物の価値観を一枚ずつ脱いでいくことから始まります。
自分の価値観を見つける5つのステップ
ここからが本題です。
価値観は頭で考えても出てきません。
すでに済ませた自分の選択と、そのとき動いた感情を「証拠」として読み解くのが、いちばん確実な見つけ方です。
順番に進めていきましょう。
ステップ1:心が動いた瞬間と「捨てたもの」の履歴を書き出す
まず、これまでの人生で感情が大きく動いた場面を、思いつくまま紙に書き出します。嬉しかったこと、誇らしかったこと、そして——ここが大事なのですが——強く腹が立ったこと、許せなかったことも含めてください。感情は、価値観が反応しているサインです。
とくに怒りは、自分が大切にしているものを踏みにじられたときに鳴る警報のようなものです。
そのうえで、もう一つの列を作ってほしいのです。「捨てたものの履歴」——辞めた仕事とその理由。断った誘い。離れた人間関係。始めたのに続かなかった習慣。
なぜこの列が要るのか。
感情の記憶は美化されたり、後付けの理屈で塗り替えられたりします。けれど、「辞めた」「断った」という行動の事実は動きません。
実際にコストを払った選択だけが、価値観の物証になります。
私の場合、30社の「辞めた理由」を並べたことで、頭で考えていた何倍も鮮明に、自分の譲れないものが浮かび上がりました。
並べたら、共通項を探してください。「そういえば、いつも同じ理由で離れている」——その反復こそ、探していた価値観の在り処です。
ステップ2:「なぜ」を3回掘り下げる
書き出した一つひとつに対して、「なぜそう感じたのか」を3回くり返して問うのがステップ2です。表面の出来事から、その奥にある基準へ降りていく作業です。
例:「同僚が手柄を横取りしたとき、強く腹が立った」
- なぜ腹が立った? → 自分の努力が正しく扱われなかったから
- なぜそれが許せない? → 努力と成果は正直に評価されるべきだと思っているから
- なぜそう思う? → 私は「誠実さ」を何より大切にしているから
→ 見えてきた価値観:誠実さ/フェアであること
このように「なぜ」を掘ると、出来事はバラバラでも、根っこでは同じ価値観につながっていることが見えてきます。
私はビジネスでも、価値と価格を正直に伝え、相手が本当に必要としたときだけ対価を受け取ることにこだわってきました。その根っこをたどると、フリーター時代に「対等でない場所」を去り続けた理由と、同じ場所に行き着きます。
価値観は、一見無関係な選択の奥で、同じ根からつながっているものなのです。
ステップ3:「べき」と「したい」を仕分ける
掘り出した言葉を眺めると、その中には本当はあなたの価値観ではないものが混じっています。前の章で触れた「べき」、つまり世間や親から受け継いだ借り物の基準です。
これを見分ける問いはとてもシンプルです。
「それを思い浮かべたとき、胸が少し動くか。それとも『やらなきゃ』という義務感のほうが強いか」——胸が動くなら、それはあなた自身の価値観。義務感が勝つなら、それは誰かから受け継いだ「べき」である可能性が高い。
心が動くかどうかを、そのまま判定基準にしてください。
ここは妥協せずに仕分けてほしいところです。
私の持論を言えば、価値観の言語化でいちばん難しいのは、足すことではなく「捨てること」です。
本当に大切な3つにしぼるために、それらしく見える「べき」を手放す。ステップ1で「捨てた履歴」から価値観を読んだのと同じで、言葉の候補も、削れた人ほど輪郭が鮮明になります。
ステップ4:価値観を「1行の言葉」にする
仕分けて残った価値を、1行の短い文(価値観ステートメント)にまとめます。単語のまま「自由」「誠実」と置いておくと抽象的すぎて、いざというとき使えません。「自分はどう生きたいのか」が行動レベルで見えるまで、言葉を具体化します。
単語 → 1行ステートメントの例
- 「自由」→ 時間と場所を自分で決められる働き方を選ぶ
- 「誠実」→ 価値に見合う対価だけを、正直に受け取る
- 「家族」→ 仕事の都合より、家族と過ごす時間を先に確保する
コツは、ゴール(達成して終わるもの)ではなく、方向(向かい続けるもの)で書くことです。
「年収1000万円」はゴールですが、「お金より時間の自由を優先する」は方向です。終わりのない言い方になっていれば、それは価値観として正しく言語化できています。
ステップ5:日常の選択で使い、更新する
言葉にした価値観は、飾っておくものではありません。
実際の選択で「使って」みて、初めて本物かどうかがわかります。
転職、人付き合い、お金の使い方——迷ったときに自分のステートメントに照らし、「こっちのほうが自分の方向に合っている」と選んでみる。使ってみてしっくりこなければ、言葉を直せばいい。
そして忘れてはならないのが、価値観は一度見つけたら固定されるものではないということです。
現役のプロボクサーだった頃の私は、「失うものがない人間こそ、心身ともに最強だ」という価値観を、10年近く本気で信じて生きていました。ところが引退の年に結婚をして、この価値観は根元から書き換わりました。守るべき人がいる人間のほうが、はるかに強い——今ではそう考えています。
どちらかが間違いだったのではありません。人生の局面が変われば、価値観の順位も入れ替わる。それだけのことです。
大事なのは、書き換わったことに気づけるかどうかです。
価値観を言葉にしておくと、人生の節目で「前の言葉がもう合っていない」ことが、はっきり知覚できます。
見つけて終わりにせず、節目ごとに言葉を磨き直す。それが、価値観を錆びさせない唯一の方法だと考えています。
価値観と同じで、「自分らしさ」もまた、最初から内側に埋まっているものではなく、選択の積み重ねで後から形成されていくものです。その構造は、別の記事で詳しく解き明かしています。
見つけた価値観を「鈍らせない」ために
せっかく言葉にした価値観も、放っておくとまた「世間の音量」にかき消されていきます。
おすすめしたいのは、年に数回、「最近、何を断ったか」「何にいちばん時間とお金を使ったか」を見返すことです。ステップ1でやった作業の縮小版を、定期点検として回すイメージです。
断った記録と使った記録が、いまの自分の価値観と一致していれば健全。ずれていれば、価値観ではなく生活のほうが世間に流されはじめたサインです。
とくに、「気づけば他人の期待を基準に選んでいた」と感じる方は、自分がいま誰のものさしの上に立っているかを先に点検したほうが早いかもしれません。他人軸と自分軸を見分ける具体的な方法は、別の記事で詳しく整理しています。
また、価値観がはっきりしてくると、「成功」のような大きな言葉も、世間の定義ではなく自分の言葉で測り直せるようになります。自分にとっての成功を問い直す具体的な方法は、こちらの記事にまとめています。
30社を超える職場を渡り歩き、「辞めた理由」を積み上げた果てに、自分の価値観を軸とした生き方へ組み直すまで——その遠回りの一部始終は、著書(Amazon kindle ランキング 5冠を達成した電子書籍)『あ、常識とかいいんで、とりあえず自由ください。』に綴っています。捨てた履歴から人生を立て直した実例として、無料でお読みいただけますので参考にしてみてください。
おわりに:価値観とは「体験の選び方」である
私は、人が最期にあの世へ持っていけるのは「体験」だけだと考えています。お金も地位も、現世に置いていくしかない。残るのは、自分がどんな時間を、誰と、どう過ごしたかという記憶だけです。
だとすれば、価値観とは結局のところ「どんな体験を選んで生きるかの基準」にほかなりません。価値観を言葉にすることは、自分の人生にどんな思い出を積み上げたいかを、自分の手で決め直すことです。
今日いきなり完璧な答えが出なくてもかまいません。まずは、これまでに辞めたもの、断ったもの、離れたものを、一つ書き出してみてください。そこに残った理由の中に、あなたが払ってでも守りたかったものが必ずあります。借り物のものさしを置いて、自分の言葉で人生を測りはじめる——その小さな一歩を、今日から始めてみてください。


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