「日本人は保険に入りすぎている」
この言葉に、少しドキッとした方へ。まず、ひとつだけ質問させてください。
いま毎月払っている保険料の合計額と、それぞれの保険が「何のリスク」に備えているのか、すぐに答えられますか?
答えられるなら、この記事はおそらく不要です。あなたの保険は「入りすぎ」ではありません。
答えに詰まったなら、少しだけお付き合いください。その保険は、リスクへの備えではなく、不安への月額課金になっているかもしれないからです。
先に、私の立場を明かしておきます。
私は保険を売ったことはありません。ただ、ネットでモノを売る仕事を長く続けてきた、いわば「売る側」の人間です。人がどんなときに財布を開くのかを、仕事として研究してきました。
その目で保険という商品を眺めると、多くの解説記事が触れない「入りすぎの正体」が見えてきます。
【この記事の結論】
- 日本の生命保険の世帯加入率は89.2%、年間払込保険料は平均35.3万円。30年続ければ1,000万円を超える、家計最大級の固定費。
- 保険が増えすぎる根本原因は、保険が「感情で売られ、感情で買われる」商品だから。不安の数だけ課金は増える。
- やるべきは一括解約ではなく、「公的保障の確認→抱えきれない損失の特定→重複の整理」という順番での見直し。
この記事では、保険大国日本の数字を確認したうえで、「売る側」の視点から入りすぎが起きる構造を解剖し、本当に必要な保障だけを残すための手順をお伝えします。

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数字で見る「保険大国」──月3万円、30年で1,000万円超
まず、日本人がどれくらい保険に入っているのか、数字を押さえておきます。
生命保険文化センターの2024年度調査によると、生命保険の世帯加入率は89.2%、世帯加入件数は平均3.9件、世帯の普通死亡保険金額は1,936万円。そして世帯の年間払込保険料は35.3万円──月に直すと約2.9万円です。
参考:JAIFA「生命保険の加入状況」(2024年度 生命保険文化センター「生命保険に関する全国実態調査」)/https://www.jaifa.or.jp/knowledge/kiso_sei_45/
参考:マネーステップオフィス「生命保険加入率は約9割 2024年度 生命保険に関する全国実態調査」/https://moneystep.co/archives/169716
月3万円弱を「安心料だから」と流してしまう前に、時間軸を伸ばして見てください。
【保険料を長期で見る】
- 月1万円:年間12万円/30年で360万円
- 月2万円:年間24万円/30年で720万円
- 月3万円:年間36万円/30年で1,080万円
30年で1,000万円。地方なら家が一軒買える金額です。
必要な保障ならば払う価値があります。しかし問うべきは「高いか安いか」ではありません。
その1,000万円で、本当に「自分では抱えきれないリスク」を移転できているのか──これが本題です。
売る側から見た保険──それは「感情で売られる」商品である
なぜ、10世帯のうち9世帯が保険に入り、1世帯あたり4件近く契約するのか。「日本人は真面目だから」だけでは説明がつきません。
売る側の視点から、種明かしをします。
トップ営業マンは「最初の15分」を一言一句磨き上げる
私がかつて、成果を出す人の型を徹底的に研究していた時期に知って、忘れられない話があります。
日本トップクラスの保険営業マンは、入社直後の厳しい訓練で、商談の最初の15分のセールストークを、毎回一言一句同じに再現できるまで鍛え上げられるのだそうです。
つまりあなたが窓口や職場で聞くあの説明は、雑談に見えて、何千回と磨かれた「完成された台本」である可能性が高い。そしてその台本が目指すゴールは、商品の理解ではありません。あなたの頭の中に「もしも」の映像を浮かばせることです。
残された家族の顔、収入が途絶えた月末、病室の天井──映像が浮かび、感情が動いたとき、人は財布を開きます。
これは保険に限らず、モノを売るすべての現場で使われている原理で、私自身、その原理の上で仕事をしてきた人間です。
脳は「鮮明に想像できるリスク」を過大評価する
この売り方が強力に機能する理由は、心理学で説明できます。
人間は、思い出しやすく、鮮明に想像できる出来事ほど、その発生確率を高く見積もる──心理学者トベルスキーとカーネマンが示した「利用可能性ヒューリスティック」と呼ばれる傾向です。
参考:Tversky, A. & Kahneman, D. (1973). “Availability: A heuristic for judging frequency and probability” Cognitive Psychology, 5(2), 207-232/https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/0010028573900339
身近な人の闘病、ニュースで見た高額医療費、営業担当者から聞いた「実際に困った方」の事例。
鮮明な物語に触れるたび、統計上の確率とは無関係に、リスクは大きく見えます。そして不安がひとつ生まれるたび、それに対応する商品が、ちゃんと用意されている。
【不安の数だけ課金が増える構造】
- 病気が怖いから医療保険
- がんが怖いからがん保険
- 働けないのが怖いから就業不能保険
- 老後が怖いから個人年金保険
- 教育費が怖いから学資保険
ひとつひとつは自然な不安です。けれど、不安ごとに商品を足しても、不安そのものは1ミリも減りません。減らないどころか、増えた固定費が家計を圧迫し、新しい不安の種になる。
これが「不安への月額課金」の正体です。
お金の不安がなぜ支出では消えないのかは、別の記事で深く掘り下げています。
誤解のないように付け加えると、営業マンが悪人だという話ではありません。彼らは仕事に真剣なだけです。ただ、向こうが何千回も磨いた台本で来るなら、こちらは判断の基準を持って迎えるべき──それだけの話です。
その基準を、これから作っていきます。
基準①:保険は「不安を消す商品」ではなく「損失を移転する道具」
保険の教科書的な定義を、一行で言い直します。
保険とは、めったに起きないが、起きたら家計が壊れるほど大きな損失を、保険会社に肩代わりしてもらう仕組みです。
【保険で備えるべきリスクの3条件】
- 発生確率が低い──頻繁に起きることは、保険ではなく生活設計で備える。
- 起きたときの損失が大きい──貯金では受け止めきれず、生活が破綻しかねない。
- 自分ではコントロールできない──努力や注意では避けきれない。
たとえば、幼い子どもがいる家庭で、収入の柱である人が亡くなるリスク。確率は低くても、起きたときの影響は甚大です。ここに死亡保障をかけるのは、きわめて合理的です。
一方、数万円から数十万円の医療費や短期の入院費用は、「起きたら痛いが、家計は壊れない」損失です。
少額の損失は貯金で受け止め、抱えきれない損失だけを保険で移転する。この線引きが、すべての出発点になります。
基準②:あなたはすでに「かなり手厚い保険」に入っている
次に、多くの人が見落としている事実を確認します。
日本に住んでいる時点で、あなたはすでに、世界的に見ても手厚い保険に加入済みです。公的医療保険です。
医療費100万円でも、自己負担は約8.7万円
公的医療保険には、自己負担に上限を設ける高額療養費制度があります。厚生労働省の例では、70歳未満・年収約370万〜770万円の人が医療費100万円の治療を受けた場合、窓口負担3割の30万円がさらに圧縮され、最終的な自己負担は約8.7万円に収まります。
参考:厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」/https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/juuyou/kougakuiryou/index.html
「医療費100万円かかったらどうしよう」という映像には、この制度がまるごと抜けています。売る側の台本は公的保障の説明から始まりません。買う側が自分で知っておくしかないのです。
会社員なら、病気で働けない期間に給与のおよそ3分の2が支給される傷病手当金もあります。
参考:全国健康保険協会「傷病手当金」/https://www.kyoukaikenpo.or.jp/benefit/injury_and_sickness_allowance/index.html
公的保険でカバーしにくい費用も、正直に挙げておく
【公的保険だけではカバーしにくい費用】
- 差額ベッド代
- 先進医療や自由診療
- 入院中の食事代・雑費、家族の付き添い費用
- 働けない期間の生活費(特に自営業者)
だから民間保険が全部不要、という乱暴な話ではありません。ただ、順番が重要です。
まず公的保障の中身を知り、その「すき間」だけを民間保険で埋める。
この順番を飛ばすと、すでに守られている部分に二重三重の保険料を払うことになります。制度を知っている人と知らない人で、払う金額がまるで変わる──社会の仕組みの典型例です。
自営業になって、私の「保険の答え」は変わった
ここからは、私自身の話をします。
プロボクサーを引退してフリーターをしていた頃の私は、お金の知識がほとんどなく、税金・保険・年金の区別も曖昧なまま、将来への漠然とした不安だけを抱えていました。
あの頃の私が熱心な営業マンに出会っていたら、間違いなく、勧められるまま何件も契約していたと思います。不安の総量が大きい人ほど、保険は魅力的に見えるからです。
転機は、独立して「雇われない働き方」になったことでした。自営業者には、会社員のような傷病手当金がありません。倒れたら、収入はその日から止まる。
つまり私は、会社員よりも保険の必要性が高い立場になったわけです。
それなのに、私が出した答えは「保険を増やす」ではありませんでした。優先順位をつけて、備えを三層に分けたのです。
【私の備えの三層構造】
- 生活防衛資金──当面の生活費を賄える現金。小さな損失はすべてここで受け止める。
- 健康への投資──食事・睡眠・運動。発生確率そのものを下げる、最も配当のいい自家製の保険。
- 稼ぐ力──何かを失っても、また生み出せる能力。私が考える、最後にして最強の保険。
3層目を「最強の保険」と呼ぶのには理由があります。
保険商品がカバーできるのは、契約書に書かれた特定の事象だけです。
一方、稼ぐ力は事象を選びません。想定外の何が起きても、生活を立て直す手段そのものとして機能する。掛け金は学びに使った時間と労力、保険金は残りの人生すべてで受け取れる──そう考えると、これほど条件のいい保険は商品としては売られていません。
そのうえで、この三層で受け止めきれない「低確率・巨大損失」のリスクにだけ、保険という道具を使う。
これが、売る側の原理を知る人間がたどり着いた、私なりの結論です。
念のため申し添えると、これは「私の場合」の設計です。小さなお子さんがいる方、住宅ローンを抱えている方、貯蓄がこれからの方は、保険の合理性が私より高くなります。
大切なのは真似ではなく、自分の状況で同じ思考手順を踏むことです。
見直しの実践──いきなり解約せず、この順番で
では、具体的な手順です。
保険の見直しで最悪なのは、記事を読んだ勢いでの一括解約です。健康状態によっては入り直せない保険もあります。必ず、次の順番で進めてください。
【保険見直しの5ステップ】
- 加入中の保険を一覧化する──保険会社、商品名、保障内容、月額保険料、保険期間を1枚に並べる。
- 公的保障を確認する──高額療養費制度、傷病手当金、遺族年金、勤務先の福利厚生。
- 生活防衛資金を確認する──いまの貯金で何ヶ月生活できるか。
- 「誰がどれだけ困るか」を特定する──自分に万一のことがあったとき、経済的に困る人は誰か。いくらあれば生活が守られるか。
- 重複と過不足を整理する──団体信用生命保険と死亡保障の重複、勤務先制度との重複を削り、足りない保障だけを残す。
そして、残すかどうか迷った保険には、この5つの問いをぶつけてください。
【残す保険を選ぶ5つの問い】
- この保険は、何のリスクに備えているのか?
- そのリスクは、公的保険と貯金でどこまで受け止められるか?
- 同じ保障が、別の保険や勤務先制度と重複していないか?
- いまの家族構成・貯蓄額・働き方に合っているか?(加入時ではなく「いま」)
- 30年払った総額に見合う価値があるか?
1つでも答えに詰まる保険が、見直し候補です。
目的は保険料を安くすることではなく、必要な保障を残して「不安への月額課金」だけを解約すること。
保険料は家計最大級の固定費であり、固定費の見直しは一度やれば効果が自動で続く、最もコスパのいい家計改善です。
補足:貯蓄型保険は「3つの機能」に分解して考える
最後に、日本で根強い人気のある貯蓄型保険(終身保険・個人年金保険・学資保険など)について、ひとつだけ。
「掛け捨てはもったいない。戻ってくるほうが得」──この感覚には注意が必要です。
貯蓄型保険は、保障と貯蓄と運用という3つの機能がひとつの商品に溶け合っているため、何にいくら払っているのかが見えなくなります。保障のコスト、運用の手数料、途中解約時の元本割れ。見えないまま「貯金のつもり」で契約すると、流動性の低い商品に長期間お金を固定することになります。
保険は保険、貯蓄は貯蓄、投資は投資。分けて考えれば、それぞれの土俵で最良の選択肢と比較できます。
死亡保障が目的なら掛け捨ての定期保険と、資産形成が目的ならNISAやiDeCoと比べてみる。「戻ってくるから得」ではなく、その間、お金の自由度をどれだけ手放すのかまで見て判断してください。
お金の使い方の優先順位については、別の記事で整理しています。
まとめ──「入っている安心」から「説明できる安心」へ
この記事の内容を整理します。
【この記事のまとめ】
- 世帯加入率89.2%・年間払込35.3万円。保険料は30年で1,000万円を超え得る、家計最大級の固定費。
- 保険は「感情で売られる」商品。トップ営業の台本と利用可能性ヒューリスティックが、不安の数だけ課金を増やす。
- 保険で備えるのは「低確率×巨大損失×コントロール不能」のリスクだけ。少額の損失は貯金で受け止める。
- まず公的保障(高額療養費制度・傷病手当金)を知り、そのすき間だけを民間保険で埋める。
- 備えの土台は、生活防衛資金・健康・稼ぐ力の三層。保険はその上に載せる最後の道具。
- 見直しは一括解約ではなく、一覧化→公的保障→生活防衛資金→リスク特定→重複整理の順番で。
日本人は保険に入りすぎなのか。答えは「人による」としか言えません。ただ、判定基準ははっきりしています。
「何のために、いくらまで、いつまで入っているか」を自分の言葉で説明できるなら適正。説明できないなら、それは保障ではなく、不安への月額課金です。
なお、個別の保険商品の判断や税制面の扱いは、制度改正の影響も受けます。実行の際は、最新の公的情報や、販売に利害のない専門家の確認を挟むことをおすすめします。
保険会社を責める必要も、真面目に備えてきた自分を責める必要もありません。仕組みを知り、自分の手で選び直せばいいだけです。
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