門脇さんがネット販売で見つけた、誇り高き農家のスローライフ
瀬戸内の穏やかな海を見下ろす、急斜面に広がる柑橘の山。黄金色に輝く果実がたわわに実るその場所で、門脇翔太さんは、かつてないほどの静寂と充足感の中にいます。
先代から受け継いだ農園を守りながらも、既存の流通システムが生む「安売り競争」に限界を感じ、自らインターネットという知性を武器に「価値の主権」を取り戻した門脇さん。なぜ彼は、周囲の反対を押し切って「直接販売」の道を選んだのか。Studio Rough Style編集部が、一人の農家が知性を武器に手に入れた、真の自立とスローライフの物語を紐解きます。
1. 丹精込めた果実が「記号」として処理される、地方農家の現実
編集部:門脇さん、本日はありがとうございます。この丘からの眺め、本当に素晴らしいですね。潮風に乗って、柑橘の甘い香りが漂ってきます。まずは、門脇さんがネット販売を始める前に抱えていた、切実な悩みからお聞かせいただけますか?
門脇:ありがとうございます。私はここで、祖父の代から続く柑橘農園を継ぎました。以前は、収穫した果実のほぼ全てを地域の共同出荷組合や市場に卸していました。それが農家として当たり前の『正解』だと信じていたからです。でも、どれだけ手間暇をかけて糖度を上げ、美しい果実を育てても、市場に出た瞬間にそれは『〇〇県産・Lサイズ』という無機質な記号に変わってしまう。価格を決めるのは私ではなく、その日の市場の需給バランスでした。
編集部:生産者が価格をコントロールできない、という構造的な問題ですね。
門脇:ええ。豊作になれば価格は暴落し、不作になれば収入が途絶える。1キロ数百円という、労働力に見合わない価格で引き取られていく果実を見送るたびに、自分の魂まで安売りしているような感覚に陥っていました。借金は減らず、将来への不安から夜も眠れない。周囲の若手農家が次々と離農していく中で、私は『このままでは、この美しい山も、私の人生も守れない』と、強い危機感を抱いたんです。
- 構造的な搾取: 生産者が価格決定権を持てず、労働力と時間が一方的に吸い上げられるシステムへの違和感。
- 価値の埋没: 土地の個性や栽培のこだわりが、画一的な『等級』によって否定される虚しさ。
- 閉鎖的な同調圧力: 『新しいことはするな』という、地方特有の重苦しい空気。
- 生命力の減退: 効率を追い求めるあまり、土や植物との対話を忘れ、自分自身が機械の一部になっていく感覚。
門脇:ある時、市場で自分の果実が山積みにされ、二束三文で売られている光景を目の当たりにしました。その時、私の中で何かが弾けたんです。『もう、誰かに自分の価値を決めさせるのはやめよう』。そう決意し、私は泥だらけの手で、初めてノートパソコンを開きました。
2. 「言葉」という種を蒔き、全国に「信頼」を実らせる戦略
編集部:そこからネット販売に舵を切られたわけですが、最初は「農家がパソコンを触るなんて」という冷ややかな視線もあったはずです。どのようにして、この瀬戸内の島から全国にファンを作っていったのでしょうか?
門脇:最初は、単に『美味しいみかんです』と並べるだけでした。でも、それでは誰も見向きもしません。そこで私は、知り合いの伝手で某デザイン会社の社長さんと知り合い、その方の教えを徹底的に学びし、単なる『販売』ではなく、私の生き様と島の記憶を伝える『キュレーション(編集)』の技術を磨きました。農家にとって、インターネットは単なる販路ではなく、自分の哲学を世界へ届けるための『聖域』なんです。
編集部:具体的には、どのような戦略で「選ばれる理由」を構築したのですか?
門脇:『安さ』という土俵から、完全に降りることです。私が提供するのは、喉を潤すための果実ではなく、その土地の歴史と生命力を享受する『体験』だと定義し直しました。
- 物語の可視化: 柑橘が色づく過程だけでなく、急斜面での過酷な作業、海に反射する太陽光が果実に与える影響、さらには先代から受け継いだ古い農具の歴史までを、圧倒的な熱量でライティング。読者の五感に訴えかける発信を徹底した。
- 精密なデジタル・マーケティング: 『みかん 通販』といった広い言葉ではなく、『瀬戸内・無農薬・希少品種』といった、特定の価値を渇望する層が検索するキーワードに絞って集客。無駄なコストを抑えつつ、質の高い顧客だけを呼び込んだ。
- 環境のプロデュース: 商品が届くまでの『時間』を設計。発送直前に収穫し、その日の潮風の香りを閉じ込めるような梱包を施すなど、デジタルとアナログの境界を溶かした。
- 価格の主権奪還: 市場価格の数倍という設定。しかし、その価格の裏側にある『この景観と土壌を守るためのコスト』を論理的に説明することで、納得して支援してくれるサポーターだけを集めた。
3. 顧客の「声」が鏡となり、失っていた自尊心が再生する
編集部:ネット販売を通じて、顧客と直接繋がったことで、門脇さん自身の内面にはどのような変化がありましたか?
門脇:最も大きな変化は、自分の仕事に対する『誇り』の再定義です。市場に出荷していた頃は、私の果実が誰の口に入り、どんな表情で食べられているのか、全く分かりませんでした。でも今は、全国のお客様から毎日、ダイレクトに感想が届きます。『門脇さんのレモンで、病床の父が久しぶりに笑顔になりました』。そんな一言をいただいた時、私は生まれて初めて、自分の存在が社会と深く繋がっていることを実感したんです。
編集部:「記号」だった果実が、誰かの人生を彩る「贈り物」に変わったのですね。
門脇:はい。その繋がりが、私に『選ぶ勇気』を与えてくれました。以前は誰にでも良い顔をしようとして、地域の無意味な付き合いに時間を浪費していましたが、今は私の価値観を理解してくれるお客様と、志を同じくする数少ない仲間との関係だけを大切にしています。それは冷淡なのではなく、自分の生命力を最も高い純度で保つための『誠実さ』なのだと気づきました。誰かに認められるための人生を卒業したとき、この島の景色は、以前よりもずっと鮮やかに見えるようになったんです。
4. 潮騒のメトロノーム。五感を研ぎ澄ます「静寂の調律」
編集部:今の門脇さんの生活は、かつての出荷に追われていた日々とは、全く異なるリズムで刻まれているようですね。具体的に、どのような瞬間に「豊かさ」を感じますか?
門脇:今の私の時計は、潮の満ち引きと、太陽の角度そのものです。特定のスケジュールに縛られるのではなく、その日の空気の『密度』を感じて、自分の身体をどこに置くかを決めています。
- 動的な静寂: 早朝、誰もいない海岸線で波の音を聞きながら、その日の作業の『構想』を練る。思考を動かす前に、まずは世界を受け入れるための空白の時間。
- 肉体との対話: 山に入り、木々の一本一本と向き合う。効率を追い求めるのではなく、果実が持つ個性を引き出すための手入れ。この身体的な労働が、私の知性を最もクリアにしてくれます。
- 知性のインフラ: 午後は書斎で、デジタルの数字を確認し、次の季節の戦略を練る。かつての絶望を救ってくれたマーケティングの技術が、今の自由を守るための『精密な盾』として機能している実感。
- 五感の再生: 夜は、波音をバックに、近くの湧き水で淹れた珈琲を飲みながら、ただ静寂に浸る。お酒は飲みませんが、この澄み切った夜気だけで、魂は十分に満たされます。
門脇:冬の厳しい寒風も、夏の湿った空気も、すべては人生という壮大な物語の一部です。不便さを受け入れ、その中でいかに豊かに響くか。デジタルビジネスという武器があるからこそ、私はこのアナログな日常を、一瞬も漏らさず享受できる。このバランスこそが、私が辿り着いた究極のスローライフです。私の人生には、もう完成図はありません。ただ、毎日が新しい発見に満ちた『未完の旅』なんです。
5. 自由を求めるあなたへ|門脇翔太からのメッセージ
編集部:最後に、今の社会に息苦しさを感じ、自分の「主権」を失いかけている方へメッセージをお願いします。
門脇:『正解』を生きようとするのを、一度やめてみてください。世の中が求める完璧な姿に自分を合わせようとすれば、あなたの魂はいつか枯渇します。人生は、未完成のままでいいんです。大切なのは、自分の手で土に触れ、自分の頭で考え、自分だけの『問い』を見つけること。それだけです。
- 価値を自ら定義する: 誰かに評価されるのを待つのではなく、自らの知性で自分の価値を決定してください。
- 知性を資産に変える: あなたの経験や感性を、あなたがいなくても機能する『仕組み』へと昇華させてください。
- 孤独を誇りに思う: 群れから離れ、一人の静寂を受け入れたとき、あなたの本当の人生が始まります。
- 好きなことで生きる覚悟: それは単なるわがままではなく、自分という生命を最も美しく輝かせるための、誠実な選択です。
門脇:重い荷物を下ろし、耳を澄ませてみてください。あなたの中に、まだ誰にも語られていない、美しい物語が眠っているはずです。共にその物語を紡ぎ始めましょう。あなたがあなた自身の人生の、最高の語り手になれる日を願っています。
(取材・構成:Studio Rough Style 編集部)
