松本航平さんが語る、五感を研ぎ澄ますスローライフ
都会の喧騒を遠く離れ、鳥のさえずりと、薪ストーブがはぜる音だけが聞こえる標高500メートルのアトリエ。そこには、かつて大手組織設計事務所で数千億円規模のプロジェクトを指揮していた男、松本航平さんの穏やかな日常があります。
有名建築士としての地位と名声を捨て、なぜ彼は「木を削り、パンを焼く」という、原始的とも言える生活を選んだのか。Studio Rough Style編集部が、彼の静かなる革命の軌跡と、知性と肉体を調和させる「新時代の生存戦略」に迫ります。
1. 1ミリの狂いも許されない世界で、心が摩耗していった日々の記憶
編集部:松本さん、本日はお招きいただきありがとうございます。このアトリエ、窓から差し込む光の入り方が計算し尽くされていて、それでいて自然な温かみがありますね。まずは、松本さんがかつて身を置いていた「建築」という華やかな世界についてお聞かせください。
松本:ありがとうございます。以前は都内の大手設計事務所で、主に商業施設や超高層ビルの意匠設計を担当していました。1ミリの狂いも許されない図面を何千枚と描き、何百人もの関係者を調整する。常に『完璧』であることを求められ、それがプロの証だと信じて疑いませんでした。でも、その『完璧な設計図』を積み上げるほどに、私自身の人生は、どこか薄っぺらなコピーのように感じられていったんです。
編集部:誰もが羨むような大規模プロジェクトを動かしながら、心の中には違和感があったのですね。
松本:ええ。クライアントの欲望を形にすることには長けていきましたが、自分自身の欲望が何なのか、全くわからなくなっていたんです。朝の4時にタクシーで帰宅し、数時間の仮眠をとってまた現場へ向かう。高額な報酬を得ても、それを使う時間はなく、唯一の贅沢は深夜のコンビニで買うほんの少し高いワインだけ。ある夜、自分が設計したビルを見上げたとき、その巨大な構造物が自分を押し潰そうとしている巨大な墓標のように見えたんです。その瞬間、身体が震え、涙が止まらなくなりました。私は、誰の人生を生きているのだろうか、と。
- 無機質な達成感: 巨大なビルが完成しても、そこに自分の『魂』が宿っている感覚が持てない虚しさ。
- 感覚の麻痺: 常にデジタルの画面と向き合い、土の匂いや風の冷たさを忘れてしまった肉体の悲鳴。
- 組織という檻: 自由な創造を求めて建築家になったはずが、いつの間にか予算と法規の奴隷になっていた現実。
- 時間という負債: 家族や自分との時間を犠牲にして、数字上の『成功』を買い続けることの限界。
松本:そんな時、休暇で訪れた北欧の森で、一軒の古びたログハウスに出会いました。そこは決して完璧な造りではありませんでした。床は軋み、壁には隙間がある。でも、そこに住む老夫婦の表情は、私が知るどのお金持ちたちよりも豊かだった。彼らは言いました。『人生は、自分で手入れをし続ける未完成の作品なんだよ』と。その言葉が、私の心に深く突き刺さったんです。
2. 建築士のプライドを捨て、「名もなき職人」として生きるための戦略
編集部:そこから退職を決意し、この森に移住されたわけですが、収入の不安はなかったのでしょうか?特に、建築士という専門職から離れ、木工やパン作りという、競合の多い世界へ飛び込むことへの恐怖は。
松本:もちろん、恐怖はありました。でも、私はただの『脱サラ』をしたわけではありません。建築士として培った『構造を設計する力』と、独学で身につけた『インターネット・マーケティング』を融合させれば、必ず勝機はあると確信していました。情熱を爆発させるためには、それを支える冷徹なビジネスモデルが必要なんです。
編集部:具体的には、どのような戦略で「個」としてのビジネスを軌道に乗せたのですか?
松本:『安売り』と『大量生産』のループから、徹底的に距離を置くことです。私が作るのは、単なる家具ではありません。その人の人生案に寄り添う、一点ものの道具です。そして、週末だけ開くパン教室も、単なる料理教室ではなく、建築士としての知見をフル活用した独自のメソッドとして定義しました。
- 構造力学で解くパン作り: グルテンの網目構造を『トラス構造』として捉え、捏ねる作業を『応力計算』の視点で解説。この論理的なアプローチが、理系の経営者や専門職の層に熱狂的に支持された。
- 熱力学によるオーブン制御: 石窯内の熱対流をシミュレーションし、理想のクープ(割れ目)を作るための『環境設計』を伝授。
- ストーリーの建築: 家具やパンが完成するまでのプロセス、素材に宿る物語を、ブログを通じて丁寧に言語化。
- ダイレクトな信頼構築: SNSを使い、私の哲学に共鳴する『濃いファン』だけに情報を届ける。100万人に知られる必要はなく、100人の熱狂的な支持者がいればビジネスは成立する。
松本:私の理念でもありますが、大切なのは『環境』なんです。私は、自分が最もパフォーマンスを発揮できる環境を、自らの手で『設計』し直しました。その結果、会社員時代の数分の一の労働時間で、それを上回る収益を上げることができるようになったんです。
3. 孤独な決断と、降り注ぐ批判を「糧」に変える力
編集部:順風満帆に見えますが、移住当初は周囲からの批判や、ネット上での心ない言葉もあったと伺っています。
松本:ええ。『エリートの道楽』『建築士の資格が泣いている』といった同業者からの冷ややかな視線や、SNSでの誹謗中傷もありました。当時は、自分の選択が正しいことを証明しようと躍起になり、立派なことを言わなければならないと自分を追い込んでいました。でも、あるとき気づいたんです。私は誰かを救うヒーローになりたいわけではなく、ただ自分自身の人生を誠実に生きたいだけなのだと。
編集部:その「諦め」が、逆に強さになったのですね。
松本:その通りです。全員に理解されることを諦めた瞬間、本当の自由が手に入りました。私の作る家具を愛し、私の焼くパンを楽しみにしてくれる人たち。その小さな、でも深い繋がりのある『コミュニティ』を大切にすること。それが、山下さんの提唱する『個の尊重』にも通じるのだと思います。外側のノイズは、私の人生を彩るための、ただの背景音に過ぎなくなりました。
松本:今は、誹謗中傷すらも、私の表現を研ぎ澄ませるための砥石のようなものだと思えるようになりました。誰かの期待に応えるための人生を卒業し、自分の感性にのみ忠実であること。その潔さが、結果として多くの人を惹きつける磁力になっているのかもしれません。
4. 愛犬と、未完成の家。知性と肉体が躍動する「日常のラフ案」
編集部:今の松本さんの1日は、どのようなリズムで流れているのでしょうか?かつての分刻みのスケジュールとは、全く違う景色が見えているはずですが。
松本:今は、太陽の光と共に目覚めます。アラームの代わりに、愛犬たちベッドに飛び込んでくるのが合図です(笑)。彼との時間は、私に『今、ここ』に生きることの尊さを教えてくれます。
- 07:00: 愛犬と森の奥深くまで散歩。季節ごとに変わる空気の密度や、土の湿り気を全身で感じ、その日のインスピレーションを得る。
- 09:00: アトリエで木工作業。図面を引くのではなく、木と対話しながら形を決めていく。肉体を酷使することで、思考がクリアになる感覚。
- 13:00: 庭でのDIY。この家は今も増築中で、一生完成することはありません。その『未完成』の状態が、私に無限の活力を与えてくれます。
- 16:00: デジタルの時間。SNSとブログの執筆、マーケティング管理。知性を使って、自分の作品を世界へと届けるための戦略を練る。
- 19:00: 晩酌。夕暮れの庭で、虫の声をバックに聴きながら、自分で育てた野菜と焼きたてのパンを肴に、ゆっくりとビールを流し込む。この瞬間のために生きていると実感します。
松本:週に一度は、近くの渓流で釣りをしたり、冬は雪山を歩いたりもします。身体を動かすことは、私にとって最高の『瞑想』です。デジタルビジネスで知性を研ぎ澄まし、肉体労働で魂を浄化する。この両輪が揃って初めて、人間は本当の意味でスローライフを謳歌できるのだと思います。私の人生は、毎日が新しいイベントの連続です。完成させる必要なんてない。そのプロセス自体が、私の人生そのものなんです。
5. 自由を求めるあなたへ|松本さんからのメッセージ
編集部:最後に、今の環境に息苦しさを感じながらも、一歩を踏み出せない方へメッセージをお願いします。
松本:『好きなことで生きていく』というのは、決して楽な道ではありません。でも、それは『不快なことで、自分の魂を死なせていく』よりは、何万倍も価値のある挑戦です。完璧な準備なんて必要ありません。人生に完成図なんてないんです。まずは『ラフ案』を描き、走りながら、転びながら修正していけばいい。あなたが今、無駄だと思っている経験も、誰にも言えない情熱も、全てはあなただけの人生を描くための貴重な絵具になります。
- 常識という設計図を捨てる: 安定という言葉の裏にある『不自由』に気づく勇気を持ってください。
- 知性という武器を磨く: 情熱を形にするための『マーケティング』という武器を手にしてください。それはあなたを守る盾にもなります。
- 一人の時間を愛し、個を尊ぶ: 人に合わせることをやめたとき、初めて自分の本当の声が聞こえてきます。
- 好きなことで食べていく喜び: 金銭的な自由だけでなく、『ストレスのない仕事で食っている』という実感が、最大の精神的安定をもたらします。
松本:重力に縛られたまま一生を終えるのか、それとも一度、自分の意志で空を飛んでみるのか。そのハンドルを握っているのは、他の誰でもない、あなた自身です。共に新しい航海を始めましょう。あなたの『ラフ案』が、いつか鮮やかな色で彩られる日を楽しみにしています。
(取材・構成:Studio Rough Style 編集部)
